野村英語維新塾

5歳から89歳まで、幅広い年齢層が集う英語塾

過去のコメント

たくさんのコメントありがとうございます。過去のコメントをまとめました。

安原 2010年4月12日 6:09 PMに投稿

沖縄までお便りいただきありがとうございました。 貴殿の写真HPで拝見し、懐かしさにひたりました。 貴塾の内容が魅力的に表現されており、又塾頭の熱意と迫力がひしひしと感じられ、引き込まれるHPと拝見しました。 健康に留意され、 貴殿のご健闘と貴塾のご繁栄を 遠く沖縄より祈念いたします。    安原

播磨 幸弘 2010年4月17日 6:42 PMに投稿ご無沙汰です。 英語維新塾とは、素敵な名ですね。 就職関係も英語とのつながりを求めていたように思われましたので、転職でなく、天職についたのでしょね。英語維新塾が発展する事、祈ってます。PS:ESAのメンバーには連絡済むですか?
Nomura 2010年4月15日 6:44 PM に投稿安原君久しぶりです。 20代のころの友人から激励されるとうれしい!!! あの横浜の独身寮にいた頃を思い出す。 暇つぶしに君の部屋へ遊びに行けば、所狭しと洗濯物が干してあり、しずくが垂れて万年床のふとんを濡らしていた。 「おいおい蒲団が濡れてるぞ」と注意したら、「掛け布団は濡れてもかまわないんだ、敷布団が濡れなきゃそれでいい」 予想外の答えに噴き出したっけなあ。 いつか貴地を訪れて、一緒に泡盛でものみたい。それまで元気で頑張ろうぜ!!!
Nomura 2010年4月19日 7:27 AM に投稿おーー、イギリスで6年間半導体を売り続けたハリマくんでしょお。

元気していたかい? 最後に会ったのは一時帰国したときだったね、4,5年前か? あの時ずいぶんと酒が強くなっていたのに驚いたよ。(昔はすぐに酔いつぶれたから8時半の男とか言われていたのに) 維新塾のネーミング、幕末ものを読みすぎたせいかもしれない。

まあ名前負けしないよう頑張るよ。  スポーツができて、頭も切れる君にはいつも一目おいていた。 これからも時々ビシッとしたコメント頼む。(ESAメンバーは、メルアドが判明している人にだけ伝えてある)

清野 寛 2010年4月22日 8:07 PM に投稿動画のトピックスで、ミルウォ-キ-は1989年に銀行の研修旅行中にホ-ムステイした街です。 緯度が札幌と同じくらいで周辺はとうもろこし畑が多く、酪農も盛んな地域です。 ミシガン湖沿いでそんなに市街地のビル街は大きくありません。 UFOでしょうか? たしか空港は同市の南側にあり結構離れているはず。 ミラ-ビ-ルの工場があります。懐かしいな。
Miyaguchi 2010年4月25日 7:32 PM に投稿のむのむさん、こんばんは!mailは届いたでしょうか?次回のtextは「Naps・・・」にします。montoさんとお会いするの楽しみですね^^v
木元 茂 2010年5月10日 1:31 PM に投稿転職の経過はわからないけど、少なくとも サラリーマンと違って自由に時間を利用できる (采配できる)点は、自営業の魅力ですね。 ただ、成功も失敗も自己責任である点も、自営の魅力でもあり、不安要素でもあり、難しいところですね。 幼稚園に移ってかれこれ15年になるのですが、やはり一朝一夕で物事は進まないので、時間をかけて結果を出すことが必要ですね。無理をせず、自分の信念の赴くところを粘り強くやるのがいいと思います。

私は、幼稚園の団体の役員もやっていますが、ほかに地元のロータリークラブやメインバンクのユーザー会や法人会などいろいろな会に首を突っ込んでいろいろな人に出会って勉強させてもらっています。 自営になると自分次第で人との出会いのチャンスの多寡が決まってくるからね。 異業種の人とできるだけ会い、自分の知識の量を増やしつつ困ったときにアドバイスをしてくれる人間関係を多く作っていくことで、私は結構助かっています。

異年齢の集う英語塾とはいい発想ですね、これからの発展をお祈りしています。 そこに集まる方々で英語をベースにしたボランティア活動を一緒にやると世間へのアピールができるかも。

たとえば、日本の絵本を翻訳して英語の絵本にして海外へ贈る、とか。簡単ではないだろうけどね。 太さんの実用英語力は結構魅力的だよね。 なんかできそうだね。

うちの神奈川ロータリークラブの奉仕活動でなにかコラボができると面白いね。

松下高広 2010年5月10日 7:42 PM に投稿

野村様 わざわざのメール、ありがとうございました。職場が変わるとやり方も違い、まだ戸惑うことも多いですが、こちらは何とか元気でやっています。

その節は本当にお世話になり、ありがとうございました。至らぬ点が多く、なかなかご期待に添えなかったこともありましたが、どうかお許しください。今後の維新塾のご発展を心よりお祈り申し上げます。

英語については、実は私は英検準2級を持っています。10年くらい前に、職場の子供達が受験するというので、私もその輪の中に入り、必死で勉強しました。試験当日の英会話の面接官の方が若い女性で、しかもミニスカートだったので、すっかり舞い上がってしまったことを今でも覚えています(笑)。

今は時間があるときにツタヤに行ってDVDを借りで、生の英語を耳に入れるようにしています。思い通りに話をするレベルでは到底ありませんが、楽しんでいます。

野村様も健康に気をつけられ、ますますご活躍されることをお祈りいたします。

Nomura 2010年5月11日 1:20 PM に投稿木元さん久しぶりです。昔君が京都の大学に通ってくれたおかげで、僕が関西に遊びに行ったときいつも無賃宿泊させてもらったね、なんの前触れなしに行くものだからさぞかし迷惑だったことだろう。

俺が死ぬ前に恩返ししないとな。できることがあったら何でも言ってくれ(って、何ができるんだ俺に?)

福地秀樹 2010年5月18日 2:14 PM に投稿ご無沙汰でした、野村さん。神戸に転勤が決まって以来ですね。 元気そうで何よりです。 今は福地支店長、高橋雄策次長で神戸国際輸送支店(神戸海運支店)の経営をしています。 一度遊びに来てください。 健康に留意して頑張りましょう。
Nomura 福地支店長殿しばらくです。 妻子を東京に置いたまま、札幌・苫小牧・神戸と渡り歩いたことになるんだね。単身赴任はつらかろう。 老婆心ながら二点忠告する。
1.飲んだ後のラーメンはやめれ。コレステロール値が悪化するだけだ。
2.サウナ風呂もほどほどに。我慢比べで一度も勝てなかったから言うわけではないが、あまりに長時間熱いところにいるとひからびてまうぞ。 高橋雄策、覚えているよ。2,3年下だったな。小柄でやせ型で。 あいつが次長? 新入社員のときの面影しかないから想像つかない。 それだけ歳をとったということか・・・
Nomura 2010年6月12日 3:28 PM に投稿ペンギンさん、ご投稿ありがとうございます。 詳細は別途メールさせていただきましたのでご確認ください。
Nomura 2010年6月10日 1:12 PM に投稿本塚様 ご投稿ありがとうございました。 3月決算企業の申告期限が5月末ですから、最近まで超過激な業務だったことでしょう。 大学時代、同じ下宿に住んでいて、ずいぶんご迷惑をおかけしました。夜中に私がレッドツエッペリンやディープパープルを聞いていて、「あのな、うるそうて寝られんわ。すこしボリュームさげんかい」と苦情に来られたこともありましたね。

ご卒業後、故郷の愛知県に帰られ、独学で税理士と公認会計士に合格されたと聞いた時は自分のことのように嬉しかったですよ。簿記がお得意でしたものね。 また本塚さんといえば、ギターもお上手でしたね。

サザンの「いとしのエリー」が下宿6畳間のふすま越しに聞こえてきたのが昨日のようです。 あれから半世紀以上過ぎ、子どもが当時の私たちと同年代になり、時の移ろいを実感します。 塾が軌道に乗りましたら是非再会させていただこうと考えております。それまでどうぞお元気で。

村田純一  2010年8月10日 9:19 AM に投稿野村太くん、お葉書ありがとうございます。私が教師として旭川西高時代に野村くんに何らかの影響を与えて、33年後の今になってもまだ便りをくださるとは、光栄です。当時24歳の若輩の私でしたので、至らぬ授業だったと思います。

現在、神戸市外国語大学という小さな大学で英語を教えていますが、自分の英語力はまだまだで、教壇で自信をもって教えるまでには至っておりません。それでも毎日、英語で日記を書いたり、英字新聞を読んだりして、この年でもまだ向上心をもっております。毎日何らかの発見があるので、楽しいものです。退職までには何か自分の満足できる論文でも書きたいと思っています。

野村くんは脱サラして私塾を立ち上げたとの事ですが、学ぶ事の楽しさを教えてあげられると、良いのでは思います。

では、ご健闘をお祈りしております。                村田純一

Nomura 2010年8月24日 10:50 PM に投稿村田純一 への返信。 村田先生 ご投稿有難うございました。 「ブルースリーに似た先生がやってきた」 新任教師としてご赴任されたとき、クラス中の生徒が騒いでいたものでした。 一流大卒なのに決してインテリぶらず、生徒と同じ目線で接してくださった村田先生、我々の目には教師ではなく同級生の様に映っていましたよ。

当時先生に教わった文法や英作文は、今も自分の中にまだ生きています。 「現在完了進行形で受動態の文章は存在しうるか」との私の質問に、「理論的には可能だが・・・実際に見たことはないナア」と笑いながら答えてくださった表情、いまでも忘れられません。

これからも英語学教授としての道をご邁進されることを心より祈念申し上げます。

コメントを残す

PAGE TOP

Menu