野村英語維新塾

5歳から89歳まで、幅広い年齢層が集う英語塾

カルテの独り言 浜本淳二

私の生徒の中に外科医の奥さんがいます。

いろいろ話をしているうちに、意外な事実を知りました。 私の父が生前大病を患ったとき、6時間にわたる大手術をしてくださったのが、彼女の旦那さんだったのです。なんという偶然! 本当にありがたい思いでいっぱいでした。

さて勤務中の体験談を一冊の本にまとめた医師がいると聞き、取り寄せて読んでみました。

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小さな子を処置室に連れていくと、たいていは恐怖心から「お母さん」と泣き出すが、「お父さん」と叫ぶ子は一人もいない。ー こんな「ほのぼの」した話もあれば、小さな息子さんの唇にできた悪性腫瘍を取り除くのに、顔が大きく変形するほど皮膚を切り取る必要があると母親に告げた時の様子など、思わず目をそむけたくなる話もあります。

こういった体験を多く経験したからこそ、弱い立場、病人の立場に立てるのでしょう。

読み終えた後、五体満足に産んでくれた親に感謝したくなりました。

 

 

金と銀 遠藤周作

ところで遠藤周作さん、私が一番感動した作品、なんだと思われます? 実は「金と銀」なんです。 ほら、東京の安アパートで暮らす3人の若者の物語ですよ。とっても面白くて、一晩で読んでしまいました。読み終えて時計を見ると午前2時。翌朝起きられなくておふくろに怒鳴られたっけ・・・

うろ覚えですけどストーリーはこんな感じでしたね。

定職を持たず、バイト暮らしの3人。安酒をかっくらいながら自由気ままな暮らしをしていた。そんな生活に疑問を持ち始めた1人がある日切り出す。

「おい、おれたちいつまでもこんな暮らし続けてちゃいけないと思うんだ。」

「なんだよ急に」

「いや、おれたちいつまでも若いわけじゃないだろ。」

「まあ、そうだよな」

「どうだ、いっそのことこの部屋を出てばらばらに暮らそう。それぞれの人生見つめなおそう」

「もう会わないのか、おれたち?」

「いや、まて。こうしよう。一年間は互いに会わず、連絡も取らないでおこう。そして来年の今日、東京タワーの下に集まろう。誰が一番金持ちになっているか、競争しようじゃないか」

「おもしれえ、やろうやろう。」

「まあ、なんだな。一番の金持になるのはきっと俺様さ。ベンツに金髪ギャルを載せてやってくるぜ。」

「なあに言ってるんだ。お前なんかせいぜいリヤカーだろうが。」

「なんだとお、てめえ。」

じゃれあいながら笑う3人。そして翌朝、住み慣れたアパートを引き払うのだった。

しばらく無言で歩く3人。やがて交差点に立ち止まる。

「ここで別れよう。俺はまっすぐ行く。お前は右を行け、お前は左だ。いいか忘れんなよ。来年の今日、東京タワーの下だからな」 「おう」 「じゃあな」

3方向に分かれて歩く若者たち。この時選んだ道がその後の人生を大きく左右することを、彼らはまだ知らなかった・・・

 

下手なあらすじですねえ。お怒りにならないでください遠藤さん。

私はいつも思うのです。あの日3人がわかれた交差点のことを。もし別の道を歩いていたら、その後の人生がどうなっていただろうかを。

いま仕事がらたくさんの小中高生に英語を教えています。勉強に身が入らない時、よくこの小説のおはなしをするんですよ。3人が交差点で別れる場面で私は話をやめることにしています。

するとたいていの子供は聞きいてきます。「ねえ、その後3人はどうなるの」と。

私は意地悪く答えます。「知りたいか? じゃあ勉強に戻ろう」と。

 

 

叫ぶ私 森瑤子

授業がキャンセルになったとき、よく古本屋にフラーっと立ち寄ります。今回目についたのはこの本。 sakebuwatashi   80年代を彩る作家のひとりとして異彩を放った森瑤子さん。多くのの出版社から新作を依頼されていました。頼まれたら断れない性格だったためついつい引き受けてしまい、締切締切に追われて地獄のような生活。次に待っているものは家族との関係悪化、そして心が病んでゆく。 この本はそんな彼女の心の悩みや叫びを赤裸々に綴ったものです。仕事に追い詰められ、崖っぷちに立たされた人間像がそこにあります。 35歳で文壇デビューし、52歳という若さでこの世を去りました。早すぎる死に追いやった理由としてささやかれているのが「風と共に去りぬ」の続編「スカーレット」の翻訳版を引き受けてしまったこと。 命を懸けて仕事に取り組むなんて凄いとしか言いようがない。眠くなったらすぐ寝てしまう私にはとてもできないことですわ・・・

泥流地帯 三浦綾子

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1926年に噴火した十勝岳。多くの泥流が流れ、富良野や美瑛でたくさんの犠牲者が出ました。この作品はその時の様子が描かれています。噴火前と噴火後で生活やものの考え方などがガラリとかわるさまを読み取ることができて興味深いです。当時、正月には相撲大会が開かれていたこと、貧しい家の娘さんが旭川の遊郭に身売りされていたこと、噴火時吹上温泉でお湯につかっていた人たちは全員無事だったこと、・・・数々の歴史的事実に驚かされるばかり。三浦綾子さん、執筆に取り掛かる前に膨大な資料をそろえて目にしたのでしょうね。インターネットの無い時代に・・・

亡くなった妹さんを兄が自分の手で荼毘にふす場面は心が痛みました。

 

 

敗戦日記  高見順

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軍部により厳しい言論統制が敷かれていた昭和20年、破局へと進む日本の悲劇を率直に書き綴った日記です。 当時の生活を知ることができて面白いです。 一番驚いたのは、「ネクタイは敵国のものだから、身に着けるのをやめよう。そのかわり下駄のはなおをつけましょう」という立て看板が街に建てられていたという記述。本気でそのようなことを国民に訴えかけていたなんて、信じられないです。

 

 

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